秋の絶景とおいしい米を求めて、綾部・水源の里へ

旅とトレイル

秋の絶景とおいしい米を求めて、綾部・水源の里へ

2人の外国人観光客が、美味しそうにおにぎりを頬張っているポスターをどこかの駅で見かけて以来、新米の季節になったら綾部に行きたいと思っていた。
のどかな田園風景や里山が残る綾部市は、古くから稲作が盛んに行われていた日本有数の米どころ。肥沃な土壌、朝夕の寒暖差、澄んだ空気、そして由良川の水源から運ばれる上質で豊富な水がこの地で美味しい米を育ててきたのだ。
今回は、うまい米とそのルーツを辿る旅。綾部市古屋地区に残る太古の森をトレッキングし、由良川の水源を目指す。

手つかずの自然が残る太古の森へ

綾部市の東部、福井県大飯町に隣接し、深い山間に位置する古屋地区は、国定公園にも指定された古くからの原生林が残る場所。清らかな水が流れるところでしか育たないと言われる樹齢1000年を超えるトチノキが今も群生している。
指定された山道の入り口で案内人の井田さんと落ち合う。山に入る前に、高台に祀られた石仏さまに道中の安全を祈願する。

山道に一歩足を踏み入れると、大気の重さが変わったように水気を含みしっとりとした、瑞々しくて澄んだ空気に包まれた。
まるで、森がゆっくりと呼吸をする、その息遣いを感じているような錯覚を覚える。
長女が、「空気が甘い」と言った。なるほど、言い得て妙な表現だ。

舗装されていない山道を井田さんの足跡を辿る要領で進んでいく。湿気を含んでいるせいか、足元の岩や木の幹にはいろんな種類の苔が生えている。おそらく人が頻繁に立ち入ることも無いのだろう。成長して伸びた苔はヌルヌルではなく、モフモフしている。先客の足跡などもない、圧倒的な自然がそこにある。

岩場で足を滑らせないよう、慎重に歩みを進める。暫く歩くとサラサラというせせらぎと共に沢が流れる場所に出てきた。由良川の上流に来ているのだ。ここからは沢沿いをゆっくり上り水源を目指す。井田さんによると、ここはかつて舞鶴から京都へ抜ける京街道のひとつとして、あの明智光秀も通った山道なのだそうだ。当時も今もここを歩きながら見える景色は大きく変わっていない気がする。

樹齢1000年、幻の大トチノキ

樹齢1000年、幻の大トチノキ

慣れない岩場の道なき道を上がっている間、無意識にかなり集中していたようだ。「もう少しですよ」という井田さんの声に反応してスマホで時間を確かめ、ようやく自分が20分程黙々と歩いていた事に気づいた。もちろんここまでは携帯の電波も届かない。世間と完全に遮断された世界。不安よりも、普段必要以上に背負い続けていたものから開放されたようで、気持ちが軽くなった。これぞまさに、最近耳にするようになったデジタルデトックスか。

歩みを進めるごとに、小川の幅が狭くなっていくのが分かる。
いよいよ“ひょい”と跨げるほどの幅になったところに、周りの空気を変えるような存在感で1本の大木が上へ上へと何かを掴もうとするようにうねりながら枝を伸ばしている。
これこそが樹齢1000年を超えるとも言われる、大トチノキだ。
あまりのオーラに言葉を失う。そっと手を伸ばし幹に触れてみる。柔らかな苔の感触の先に、静かな大木の息づかいを感じた気がした。

いよいよ由良川の水源へ

目指していた水源地も大トチノキを少し登ったところにあった。大トチノキのすぐそばを流れる小川の先に目をやると、少し凹んで洞穴の様になった岩場あった。近づいてみると、岩肌を伝って水が滲み出ているのが見える。ここが由良川の始まりの場所、由良川の水源だった。自然に濾過された湧き水はその場で飲むことができる。
ただし、必ず「モーモーさんお水をいただきます」と言ってから飲まないとお腹が痛くなるという古屋での言い伝えがある。皆でモーモーさんにご挨拶をして水をいただく。
本来は口を直接付けて飲むそうだが、手ですくって飲んでみた。
アルカリ質を含んだ水は、雑味がなくすっきりとしていて味がほとんどしない。本当に美味しい水は無味無臭なんだよと、昔、理科の先生が言っていた言葉を思い出した。

「これがモーモーさんなんじゃない?」次女が木の幹を覆う様に張り付くフサフサの苔を撫でながら聞いてきた。
『モーモーさん』は古屋の言い伝えで森の精霊だと言われているそうだが、確かにフサフサの苔に覆われた木は、生き物のようで、今にものっそりと動き出しそうだ。
深い森の中にいると、むしろ僕たちがお客さんで、ここでは僕たちが見たこともないような世界が存在していたとしても不思議じゃない気持ちになる。

トチノキの群生地に広がる秋の絶景

水源地をさらに少し上がったところにトチノキの群生地があるというので、歩みを進める。
道中、井田さんが「足元の石や朽木をひっくり返してみて。いろんな住人がいるよ。」と娘たちに教えてくれた。おもむろに石をひっくり返すと虫たちが光に驚き動き出した。「わーーーーーー!」あまり見かける事のない住人たちの登場に娘たちは大興奮だ。普段虫というと嫌がるのに、なんだか嬉しそうだ。

山道を上がるにつれて足元に広がっていた緑色の苔が落ち葉のオレンジへと移行していく。遂には目の前に広がる視界までもがオレンジに染まった。紅葉したトチノキが群生する森にたどり着いたようだ。秋の柔らかい光でトチノキの葉が黄金色にキラキラと輝いている。長い歳月を掛けて何層にも重なった落ち葉は、まるで絨毯の様にふかふかと柔らかい。
思いもかけず目の前に広がる秋の森の絶景に、さっきまで息をきらしていた娘たちも大喜びで走り回っている。トチの実を拾ってはポケットに忍ばせている。
自然の力だけで子どもたちが、こんなにもキラキラした表情を見せてくれるなんて、この景色を見せてくれたことに、思わずモーモーさんに感謝した。
※立入りには綾部観光協会の許可が必要です。

古屋のおばあちゃんたちが守るとち餅

古屋地区は現在2世帯3人が暮らす京都で最も小さな集落だ。
廃村の危機に立たされた集落をなんとか守りたいと一念発起した村のおばあちゃんたちが、地元の名物としてつくり始めたのがとち餅だ。

山に入ってトチの実を広い、昔ながらの方法で丁寧に作ったとち餅は古屋のふるさとの味でもある。綾部産のもち米と古屋で採れたとちの実だけで作る「とちの実ぜんざい」を用意してくれた。
かすかに苦味が残るとち餅に優しいあずきの甘さがよく合う。
シンプルだけど自然の力強さ、そしておばあちゃんたちの力強さを感じる味だ。

国宝・光明寺の二王門へ

綾部市が誇る国宝に光明寺の二王門がある。古屋の集落から30分程だというので足を伸ばすことに。
光明寺は推古天皇の時代に聖徳太子が創建したとされる古刹で、二王門は鎌倉時代、1248年に建立されたと言われている。風格のある三間一戸の二重門で、創建時の姿をよく留めている。二王門は1954年に国宝に、また二王門の中の仁王像は2019年に国の重要文化財に指定されている。美しく紅葉した木々の中に堂々とそびえる二王門は独特の威厳を放ち絵になる。

米どころで頬張る!新米の「綾部むすび」

綾部では地元の米で握ったおむすびで、農家、料理人、来訪者を結ぼうと「綾部むすび」と名付けたプロモーションをはじめている。
今回の綾部旅行の大きな目的のひとつがこの「綾部むすび」を食べることだ。
そこで、このプロジェクトの参加店のひとつ「料亭 ゆう月」で昼食をとることに。3方を山で囲まれた農村に佇む隠れ家の様なお店。ゆっくりと時間を過ごすことを目的に考えられた客室は、いずれも立派な日本庭園に面した個室になっている。今は紅葉が美しいこの庭では、6月になると天然のホタルが舞うとか。ここもまた水の美しい綾部を象徴するお店だ。
予約のときにお願いしていたのは「綾部むすび特別会席」。旬の食材を使った会席と綾部のおむすびが食べられる特別のランチコースだ。

最初に出て来た色鮮やかな籠盛りにもコロリとした小さくて可愛い赤飯が入っていた。秋らしい色使いが目にも楽しい。
強肴には旬の焼き魚や季節の野菜の天ぷらが。さらに平飼い卵を使った茶碗蒸しが続き、最後に椀物と一緒におむすびが運ばれてきた。
「綾部むすび」では、各店趣向を凝らしたおむすびも多い中、ゆう月ではシンプルな塩むすびでご飯そのものの美味しさが味わえる。

米は店で提供するために地元上林地区で特別に育てられたもの。水源の里から流れる山水を直接引き入れた水田で穫れる自慢の米だ。ふんわりと握った三角おにぎりは、一口かぶりつくと歯切れのいい海苔とともに粒の立った米の塊がほろりと口の中に転がり込んでくる。ほんのり感じる塩が米の甘みを引き立てる。これ以上のごちそうは無いんじゃないかと思わせる至福の味だ。おむすびにはちりめん山椒や和木梅の梅干し、小畑の味噌、京漬物すぐき菜など、綾部の特産や京都の漬物が添えられており、好みでトッピングし、一口ごとに味を変えて楽しむこともできる。トッピングはどれも米と相性のいいものばかりで、あっという間に用意されていた大きなおむすび2つを平らげてしまった。
さすがに、かなりのボリュームがあったみたいで、すっかり満腹だ。このままゴロンと寝転んで昼寝でもしたい欲求をなんとか抑える。

お店の人に勧められ、施設内にある足湯をいただくことに。紅葉した庭を眺めながら、家族で並んで足湯に浸かる。
慣れない山道を歩いたせいで、知らぬ間に足も疲れていたようだ。じんわりと足元から熱を持ち始め、血がゆっくりと体全体をめぐり始めるのを感じる。それとともに、満足感も体中を巡っている。心身ともに暖かくなったところで、帰路に着くことにした。

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