久美浜湾のマガキを未来につなぐ 養殖漁師の物語 〜幸をつくる人々vol.1〜

海と生きる

久美浜湾のマガキを未来につなぐ 養殖漁師の物語 〜幸をつくる人々vol.1〜

京都府最北端、丹後半島の西に位置する久美浜湾。マガキの産地として知られているが、近年、自然環境の変化や生産者の高齢化など様々な課題に直面している。その中で、カキ養殖を未来につなげていくために挑む漁師がいる。彼への取材によって見えてきた久美浜湾のカキ養殖の現状と未来へ向けての新たな動きとは。

久美浜湾のマガキと3代目漁師

久美浜湾では70年ほど前からマガキの養殖が行われてきた。日本海とは水路1本のみでつながっており、周りの山々から豊富な栄養分を含む水が流れ込むため、餌となるプランクトンも多く、マガキの成長も早い。

マガキはカキ棚と呼ばれる設備で育てられる。棒状の素材を格子状に組んで湾内に設置し、そこにマガキを吊るして成長させる。久美浜湾には多くのカキ棚が浮かび、周りの山々と織りなす風景は京都府の文化的景観にも選定された。

この地でマガキの養殖を営む豊島淳史(とよしまあつし)さん(49)。
祖父母の代から始まったカキ養殖を継いで20年余りになる。

漁師仲間と日々切磋琢磨し、お客様に満足してもらえるマガキを育てている。

マガキの養殖が家業の日課

マガキの養殖が家業の日課
湾内には190基ものカキ棚が浮かぶ

「昔は丸子船(木造の小さな和船)でカキ棚まで行った」
「強い風が吹く日は流されて、なかなか家のある対岸までたどり着けなかった」
「ワラでロープを編み、カキ棚も竹で組んでいた」

祖母からは、子守唄の代わりにかつての様子をよく聞かされて育った。

幼少期からあたりまえのように家業を手伝うのが日課だった。高校生の頃、家の手伝いでカキ棚の設置を手伝っていた。「当時は長い竹を杭にしてカキ棚を固定していたんですが、それがなかなかの重労働で。竹を振り回し、それに必死でしがみついて、海底に突き刺してましたよ」と当時を振り返りながら笑う。

人生の転機と苦労の連続

夏は民宿の皿洗い、冬になれば養殖の作業場の掃除。あまりの忙しさのため実家の仕事に嫌気がさした。

進学を機に兵庫へ。そして25歳の時にワーキングホリデーを利用し、オーストラリアへ旅立った。海外に渡って半年ほど経った頃、母から手紙が来た。父の体調が悪く、実家へ戻り家業を継いで欲しいという。またあの生活に戻りたくないと最初は断っていたが、再三来る手紙を無下にするわけにもいかず、ついに実家に戻ることを決めた。

実家に戻り、マガキの養殖を始めたが苦労の連続だった。まず道具がなかった。父は機械が嫌いで、養殖に伴う全ての作業は人力で行っていたのだ。仕事の生産性を上げようと機械の導入を考えたが資金がなかった。家業の他にアルバイトをし、なんとかその収入でマガキを洗うためのポンプなどを買うことからはじめ、徐々に業務の効率化を進めた。

養殖を始めてからもずっと持っていた「久美浜を離れたい」という思いは、いつしか「久美浜を変えたい」という思いに変わっていった。

うま味を引き出す自然環境と細かい作業

久美浜湾と日本海は水路一本でつながっており、海流の行き来が少なく閉鎖性が高い湾であることや、多くの川の水が湾に注ぐため塩分濃度は1年を通して低い。流れ込む雪解け水が多いと塩分濃度が大きく下がり、マガキの生育速度が著しく下がるなど自然による影響が大きい。

良質なマガキを育成するため、塩分濃度が適切でプランクトンの多い深さにロープの長さを調節してマガキの水深を調節する。マガキを吊り下げているロープは、最も重い時で20kg以上になるという。しかも一つのカキ棚にそのロープが何十本も吊り下げられていて、不安定な足場でその作業を行わなければならない。

またマガキについた付着物をとることも重要だ。マガキには、フジツボやムール貝、ゴカイなど様々な生物が付着する。そういった生物はマガキの餌でもあるプランクトンを食べてしまうため、マガキの生育の妨げとならないよう、こまめに取らなければならない。

吊り下げているマガキは様々な生物の住処となる

このような大変な作業を水揚げの時期まで繰り返していくのだが、手をかけた分それは美味しさとなって返ってくる。

2021年の4月に、京都府立海洋センターに依頼し、久美浜湾のマガキのうま味成分検査を行なった。その結果、うま味成分の一つが突出して高いことがわかった。また久美浜湾は塩分濃度が低いため、塩辛すぎないのが特徴と言われる。そのことも相まって久美浜湾のマガキは、本来のうま味を感じやすい味わいとなっている。その味を求めて毎年注文をくれる馴染みのお客さんも多い。

豊島さんは例年、状態が一番いい時にマガキの写真を撮影している。 「常にこの状態を目指さなければならない」という自分への戒めのためとのこと。

東日本震災の影響は久美浜の養殖カキも左右する

久美浜湾のカキ養殖の始まりは3月。マガキの種苗(稚貝)を購入するところから始まる。種苗はホタテの殻などに付着する習性があり、その殻ごと種苗の産地から購入するのだ。5月にはその種苗のついたホタテの殻をカキ棚からロープで吊るし、マガキを成長させていく。この方法は垂下式と呼ばれ、剥き身用のマガキを大量に生産するのに向いているという。11月頃になるとマガキの身入りが良くなり、春になるまでにはそのほとんどが出荷されていたという。そんな1年のスケジュールだった。

マガキの種苗がついたホタテの殻。白っぽく見えるのが種苗。 1つのカキ棚につき1400枚ものホタテの殻を吊す。

久美浜のカキ養殖に大きな危機が襲ったのは2011年のこと。東日本大震災だ。

久美浜湾はマガキの養殖を導入する際、宮城県の水産センターから教えを受けている。その経緯もあり、マガキの種苗は宮城県から購入していた。そのマガキの生産現場が東日本大震災の津波の直撃を受けたのだ。これはその年だけの問題ではなく、今後のカキ養殖のあり方を左右する危機だった。

震災後、宮城県では他の地域から親貝を仕入れて、改めて種苗生産を始めたが、その種苗は久美浜湾の環境には合わなかった。水揚げ量が以前の半分ほどとなり、漁師たちは頭を抱えた。種苗を変えることは難しかったため、環境に合うような育て方をするしかない。豊島さんは以前に増して、マガキの状態や、久美浜湾の変化を気にかけた。水温や塩分濃度の変化に合わせマガキの水深をこまめに調節し、そのデータをとる。そのデータをもとにまた調節する。そういった作業を繰り返しながら、なんとかマガキの養殖を続けられる状態にはなった。

ただ以前とは大きく異なってしまったこともある。それはマガキの旬だ。

以前の久美浜のマガキは、早ければ11月に出荷でき、年末年始の家族が囲む食卓に重宝された。それが震災以降、温暖化の影響も加わり、マガキの生育が遅れていった。今では久美浜のマガキが最もいい状態になるのは2月から3月の時期。マガキの旬が春にずれ込んだことで、鍋の食材などへの需要も減り、価格が安くなってしまう事も課題となっている。

そのような状況を一般のお客さんはなかなか知らない。冬にマガキを求める声は相変わらず多いと豊島さんは言う。「馴染みのお客さんがマガキを買い求める年末年始に、応えられないのは辛いですね。ただ生産者として一番大事なことは、買っていただいたお客さんに満足していただくこと。需要のある時期とマガキの身入りが良くなる時期をいかに合わせるか。難しいテーマではありますが、よく見極めて判断していこうと思っています。」

久美浜湾の未来

担い手の減少とマガキの旬のずれ。大きな課題に向き合う豊島さんだが、その眼差しは力強く先を見据えている。
「温暖化によるカキの生育への影響や生産者の高齢化など、カキ産地には共通の課題があるので、他の産地が試していることは試していきたいと思います。久美浜湾にどんな方法が合っているのか、実際に誰かがやっていかないと答えはわかりませんからね。一朝一夕にはできませんが、データの蓄積であったり、試行錯誤を続けていくべきなんだろうなと思って取り組んでいます。」

実際に新たな取り組みも始まっている。同じ思いを持つ漁師仲間たちと「久美浜湾養殖技術研究会」を発足。最新の養殖法の導入や海外の企業と連携しながら、ITや自然エネルギーの活用も模索している。

そんな中で、豊島さんは久美浜湾をもっと開かれた海にしていきたいと考えている。

「海のことは漁師が決めるものというイメージがありますよね。昔は多くの住民が漁業に関わっていたからそれほど問題はなかったかもしれません。ですが今は違う。住んでいる人と一緒に海の活用を考えていかなければなりません。そうすることで次の世代により理想的な形で久美浜の漁業を渡していけるんじゃないかと思ってるんですよ。」

その新たな形として、カキ養殖の体験ワークショップを企画し始めた。ワークショップではカキ養殖を営む漁師達が自ら案内し、その魅力を伝える。豊島さんは、久美浜湾やカキ養殖のことを地元の人にもまだまだよく知られていないと感じている。地元の人にも参加してもらい、まずは知ってもらうことで、久美浜湾を多くの人が関わる開かれた海にしていきたいと意気込む。参加者と漁師がコミュニケーションを取ることによって、漁師自身にとっても久美浜という場所を捉え直す良い機会になるのではないかと考えている。

2021年6月に開催した牡蠣の種付け体験の様子

「漁師は海が職場です。船で出ていくので、他の方には現場が見てもらえないことが多いんですよ。ただ今は久美浜の漁業をもっと多くの方に知ってもらいたいと思っています。」


新たな動きを見せる久美浜湾のカキ養殖。
その試みは少しずつ未来への道を形作っている。

Share

カテゴリ一覧に戻る