海の京都Times【舞鶴・吉原 城下の漁民は開拓者】を公開しました

天然の要塞、舞鶴湾。山をくりぬいたように入り江が入り組み、湾口の両側にある高い山からは外洋が見渡せる。120年前の明治34年には海軍鎮守府が置かれ、大陸からの脅威に備える国防の拠点となった。しかし、海辺で暮らす人々にとって舞鶴湾は「宝の海」であり、京都の漁業の発信地として発展した歴史はあまり知られていない。城下町の海辺には吉原という小さな集落がある。海と生きた生活史を深掘りすると、そのルーツは6000年前の縄文時代にまで行き着いた。

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