食と人を巡る旅 Vol.2 『そら』のミルク

まちと文化

食と人を巡る旅 Vol.2 『そら』のミルク

 甘さとコクが優しく広がり、喉を過ぎればスッと消えて爽やか。こんなにおいしいミルクを作るひとたちってどんな人? 食材屋の美味しいもの探求スイッチが入った出会いが海の京都にありました。

 こんにちは、植田です。はじめましての前回は、向井酒造とチャントセヤファームが手を取り生まれた「特別純米生原酒 生もと仕込み 世屋のひとやすみ」についてお話ししました。
 今回vol.2では、長い間、丹後エリアの給食などで親しまれ子供達を育ててきたミルクの生産者『ふれあい牧場 丹後ジャージー牧場』とカフェ併設の乳製品製造工房『ミルク工房そら』についてお話しします。この記事を読んでくださる皆さんの中には、子供の頃給食で平林乳業のヒラヤミルクを飲んだ方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

初代:地域を健やかにしたい 平林乳業誕生

初代:地域を健やかにしたい 平林乳業誕生

 丹後ジャージー牧場とミルク工房そらは有限会社丹後ジャージー牧場が運営しており、現在、同社の平林学さんがその中核を担っています。
 その礎となったのが平林乳業です。1949年、1頭の乳牛を飼ったことからその歴史は始まります。学さんの祖父が味噌小屋を改修し酪農に乗り出ましたが、生乳が順調にとれるまでは苦難の連続だったそうです。
 苦難を乗り越えられたのは「美しい丹後の山野に育った乳牛の、新鮮で栄養のある牛乳をたっぷりと飲み、皆が健康で明るい楽園をめざしたい」という信念があればこそ。平林家の取り組みに、しだいに地域の理解も集まり受け入れられていきました。
 1956年には牛乳処理プラントを、1965年には牧場を設立し、1973年には平林乳業株式会社として法人化。「丹後の牛乳」「北近畿の牛乳」として60を超える学校の給食に牛乳を届けるまでの成長を遂げていました。

2代目:私たちの牧場をつくろう − 衛さんと文子さんの挑戦

2代目:私たちの牧場をつくろう − 衛さんと文子さんの挑戦

 平林乳業株式会社の長女で学さんの母の文子さんは、幼い頃から家業の手伝いに励んできました。牛との生活は人生そのもの、2000年にはご主人衛さんとともに『ふれあい牧場 丹後ジャージー牧場』(有限会社丹後ジャージー牧場)を設立します。健康な牛を育てる環境を整え、牛に名前を付けるなど愛情込め向き合いながら、ご夫婦で牧場を発展させてきました。困難は数え切れないほどあったと言いますが、お父さんを見てると私も自然に一緒に頑張れると、文子さんが柔らかに微笑みました。

 牧場では、黒目が印象的な子牛が迎えてくれます。訪れる人の多くが、その子のかわいさに思わずそばに寄り話しかけたりして微笑ましい様子が絶えません。

数字でみる国内の酪農と丹後ジャージー牧場

数字でみる国内の酪農と丹後ジャージー牧場

 ここで日本国内の酪農とこの牧場の規模などのお話もしましょう。
 丹後ジャージー牧場で飼育する乳牛は、名前の通りジャージー牛だけ。ジャージー牛の搾乳量は、ホルスタインの約2/3程ですが、高い乳脂肪分とリッチな風味のおいしさが特徴です。

 国内のジャージー牛飼育数は、2023年の農林水産省畜産統計によると約1万2千頭。乳牛全体の飼養頭数はおよそ135万頭ですから、割合にして1%を切るほどです。牧場一戸あたりの飼養頭数全国平均は約107頭。2024年2月現在丹後ジャージー牧場では、搾乳頭数24頭、子牛などそれ以外が17頭、合計41頭が飼育されています。

 2023年国内の生乳生産量は、月毎に公表される農林水産省牛乳乳製品統計の集計で約730万t、牧場一戸あたり平均生産量はおよそ約580tと概算されます。丹後ジャージー牧場は約161tであり全国平均と比べると大きな規模ではありませんが、その分愛情を込めた丁寧な飼育でおいしさにこだわり運営されています。

※乳量:農林水産省牛乳乳製品統計を根拠に算出
※養飼頭数:R5農林水産省畜産統計より

『ミルク工房そら』

『ミルク工房そら』

 牧場に寄り添い建つ木の温もり溢れる建物は、2004年産声を上げた工房とカフェです。工房は、加工食品の製造過程を店内から眺められライブ感が溢れます。カフェでは、牧場で育てるジャージー牛のミルクはもちろん、ジェラートやチーズにヨーグルトなど、ミルクを惜しみなく使うたくさんのメニューが楽しめます。

 インタビューはカフェで。文子さんに、なぜ乳加工品を作ることにしたのかと問えば、「大好きなお父さんが育てた牛のミルクだもの。一滴残らず大事にして美味しいものに変身させたかった」との答え。「今が一番幸せ、こんなに幸せでいいかしら」と、まるで少女のようにはにかむご様子に、こちらの心が踊るようなきもちになりました。

 お話のお供は、真っ白なフロマージュ(チーズ)。ナイフを入れれば中からとろけ出す艶やかな淡いクリーム色。小さなスプーンひとさじ口に含めば、広がるミルクのぎゅっとしたおいしさ。日本にもこんなチーズがあるんだと驚きました。それもそのはず、そのチーズはリリースされてからこれまで国内のチーズの品評会などで素晴らしい評価を獲得し続けている「フロマージュ・デュ くみはま マモルとフミコ」でした。

 ちなみに工房の名についている「そら」は、乳業参入時、平林家が手放した土地についていた屋号なんですって。

三代目へと継がれゆく今:挑戦と継承

三代目へと継がれゆく今:挑戦と継承

 学さんはいよいよ、牧場継承を具体的にイメージする段階に入り、牧場の取締役専務に就任しました。

 「両親のたくさんの想いが詰まったモノを引き継ぎ、また、次の子供達に繋いでいく使命があります」
 完成間際の『SORA VISION BOOK』に綴られた学さんのことばです。地元に根差しつづけるため、事業を継承していく学さんの未来への決意を明確にするため、2022年から地域でつながる人たちと制作プロジェクトを推進してきたそうです。
 この一冊には、牧場が今後目指すものが具体的に記されています。たとえば、もっと深く地域に根ざすための取り組み、教育機関との連携、地元での牧草調達、牧場の牛の糞を堆肥化し農業生産者のより良い作物づくりに活かしてもらうなど、地域社会の人と産業の循環の一部とし機能していくこと。あわせて、積極的にコンクールへ出品するなど外部評価を受け地域で誇れる仕事を目指すなど、未来を創るチャレンジを力強く宣言しました。
 学さんは、客観的に自分たちの今を評価し『SORA VISION BOOK』を制作したことで、地域や牧場と関わる人たちと描く未来を共有しました。まさに今、祖父母、両親が大切に育んできたものを受け継ぐ3代目として力強いスタートを切ろうとしています。

 丹後ジャージー牧場は、一途に美味しいミルクで地域を健やかで幸せにと考えてきました。だからこそ関わる人や牛たちの幸せを第一に酪農に取り組んできました。工房では、誇りを持ち届けるミルクを惜しみなく使い、妥協ない加工品をつくりつづけています。

 彼らの製品は、著名なトラベルガイドで五つ星に連続で格付けられるホテルのレストランシェフや、素敵なパティシエの皆さんからも高く評価されています。プロフェッショナルの世界も喜ばす乳製品の産みの親、「丹後ジャージー牧場」と「ミルク工房そら」へぜひ足を運び、海の京都が誇るおいしいもの達を味わってみてはいかがですか?

 日々食べるものの生産者が身近なのは、海の京都のすてきなところ。お出かけになった際は、ぜひ感想を牧場のみなさんに伝えてあげてください。その声は、きっと牧場の皆さんがもっと頑張る力になります。

丹後ジャージー牧場・ミルク工房そらHP

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