国内最大の絹織物産地が京都府北部にある。日本海に面した丹後地域だ。代表的な織物は300年の歴史を持つ「丹後ちりめん」。主に着物の生地に使われ、シルクならではの美しさとしなやかさを併せ持ち、「シボ」と呼ばれる凹凸によって立体感ある表情と、さらっと心地良い肌触りを生み出す。丹後ちりめん最大の特徴であるシボは、京丹後市大宮町河辺の丹後織物工業組合の加工場で行われる生地を洗う「精練」という加工を経て生じる。併設された「TANGO OPEN CENTER(タンゴオープンセンター)」では見学や体験ができ、丹後ちりめんの秘密に迫ることができる。
丹後ちりめんの秘密に迫る TANGO OPEN CENTER
まちと文化
シボはどうやってできる?

では、丹後ちりめんのシボはどのようにできるのだろうか。
織物はタテ糸とヨコ糸が垂直に交差してできている。丹後ちりめんに使われるヨコ糸は「強撚糸(きょうねんし)」。「八丁撚糸機」という機具を使い、水をかけながら糸を強くねじり合わせて作る。丹後ちりめんの秘密の一つであり、シボに欠かせないものだ。だが、織っただけの「生機(きばた)」の状態ではシボは出ない。もう一つの秘密である「精練」が必要となる。

丹後織物工業組合が加工場で行う「精練」は、ゴワゴワとして硬い生機を熱湯で洗う加工。絹に含まれるセリシン(たんぱく質の一種)や不純物を取り除く。その際に糸が縮み、ヨコ糸の強撚糸にねじりを戻そうとする力が働くことによってシボが現れる。
加工場では精練後、乾燥や幅出し(規定のサイズに整える作業)、検査を経て、丹後ちりめんを出荷している。
産地に1300年の歴史
丹後ちりめんが誕生した背景には、雨や雪が多い丹後の気候がある。適度な湿度によって絹糸が切れにくく、絹織物は作りやすい。そのためか、絹織物産地としての歴史は1300年ほどに上る。起源は奈良時代の711年と考えられ、739年には丹後国竹野郡鳥取郷(現在の京丹後市弥栄町鳥取)から絹織物「絁(あしぎぬ)」が聖武天皇に献上され、今も正倉院で保存されている。
4人の「丹後ちりめんの始祖」
ただ、絹織物産地として存在感が大きくなったのは、丹後ちりめんが作られるようになった江戸時代中期からだ。
織物業が衰退し、飢饉(ききん)にも見舞われた丹後の人々を救おうと、京都・西陣で織物を学んだ峰山(現在の京丹後市峰山町)の絹屋佐平治は1720年、シボを持つ丹後ちりめんの製法を確立。丹後の機屋(はたや)に広く伝えていった。
また、後野(現在の与謝野町後野)の木綿屋六右衛門によって西陣に送り出された加悦(現在の同町加悦)の手米屋小右衛門と三河内(現在の同町三河内)の山本屋佐兵衛もちりめんの技術を習得後、1722年から丹後で製法を広めた。
この4人は「丹後ちりめんの始祖」とされる。
日本遺産、総合産地へ
こうして丹後ちりめんは着物の生地として人気を博し、丹後は日本を代表する絹織物産地となっていった。最盛期の昭和40年代には「ガチャマン」と呼ばれる好景気に沸き、「ガチャッと織れば万単位のお金が入る」と例えられるほどだった。
丹後ちりめんに関する歴史や文化は、2017年に日本遺産「300年を紡ぐ絹が織り成す丹後ちりめん回廊」として登録されている。
シルクから始まった丹後ちりめんの製法は違う素材にも応用され、ポリエステルなどでも丹後ちりめんが作られるようになった。また、丹後では丹後ちりめん以外の織物も織られ、テキスタイル(生地)の総合産地へと進化している。
だが、先行きは暗い。今、ガチャマンと呼ばれていた頃が嘘のように、丹後ちりめんの生産量は激減している。和装需要の低迷が影響しており、ピーク時と比べると9割以上も減った。
産業観光に活路を

先人から受け継がれてきた伝統ある産地を守るため、丹後織物工業組合は産業観光に活路を見いだそうと、新たな挑戦に乗り出した。それが、2023年に掲げた「TANGO OPEN VILLAGE(タンゴオープンヴィレッジ)」の構想。加工場などがある組合本部の敷地内に産業観光に関する機能を付加するもので、国内外から人々を呼び込むことによって産地の価値を高めていく狙いだ。
飲食や宿泊などの機能を計画しており、ゆくゆくはフランス・リヨンなど海外の織物産地にあるような織物ミュージアムの開設を目指す。
構想の第一歩となるのが、2024年6月にオープンしたタンゴオープンセンター。主な機能は、精練などの工程を公開する「オープンファクトリー」と、丹後の織物製品を展示販売する「ファクトリーショップ」の2つだ。
見学ツアー「精練の世界」
オープンファクトリーは、加工場で「精練の世界」と銘打った見学ツアーを行っている。場内に設けられたルートを進むと、入荷した生機が精練によって丹後ちりめんとして完成するまでの工程をたどることができる。
見学の目玉は、やはり精練だろう。所々で湯気が立ち上がる中、釜から生地が引き上げられる作業は迫力がある。国内最大の精練加工場というだけあって圧巻の光景だ。
加工場では見学のほか、精練体験と染色体験、ハンカチ染め体験も行っており、より深く織物の魅力に触れることができる。
織物製品がずらり
ファクトリーショップには、丹後の織物で作られた製品がずらりと並ぶ。ネクタイやバッグ、衣類、小物などがあり、素材はシルク以外にもさまざま。価格帯も気軽に購入できるものから高級品までと幅広い。多様化する産地の様子がうかがえる。セリシンを配合した組合のスキンケア用品や丹後の特産品の取り扱いもある。
ファクトリーショップでは、ユニークな織物製品「カップチリメン」を活用したワークショップを行っている。カップにポリエステルで織られた生機を入れて湯を注いで3分待つと、シボのある巾着袋ができ上がるというものだ。短時間で手軽に精練が体験できる。
織物を新たな観光資源に
近年、タンゴオープンセンターのほかにも織物と観光を結び付けた施設が丹後で誕生している。産業観光の機運は高まっており、タンゴオープンヴィレッジは産地の起爆剤となり得る構想だ。実現には、まずはタンゴオープンセンターの成功が不可欠であり、同組合TOC事業課の濵口真一さんは力を込める。「織物を新たな観光資源として生かし、タンゴオープンセンターを観光の目的地となる場所にしていきたい」
【TANGO OPEN CENTER】
ファクトリーショップは予約不要、無料で入場できる。
営業時間:午前10時~午後4時30分
定休日:土・日曜、祝日
住所:京都府京丹後市大宮町河辺3188(丹後織物工業組合加工場内)
電話:0772-68-5151
【オープンファクトリー「精練の世界」(予約は下記フォームから)】
平日の午前10時~、同11時~、午後1時30分~、同2時30分~のいずれかで行う。
所要時間:約1時間
料金(税込み):18歳以上が1,000円、18歳未満が500円
※丹後ちりめんくるみボタンワークショップ付き
【カップチリメンワークショップ(予約は下記フォームから)】
所要時間:60分
料金(税込み):2,500円
【精練体験、染色体験(要電話予約)】
平日の午前10時~または午後2時~のいずれかで行う。
所要時間:それぞれ約2時間
料金(税込み):5,500円
【ハンカチ染め体験(要電話予約)】
平日の午前10時~または午後2時~のいずれかで行う。
所要時間:約1時間30分
料金(税込み):3,300円
※精練体験、染色体験、ハンカチ染め体験の予約は電話で
受付先:丹後織物工業組合 加工場
電話:0772-64-2490(平日の午前8時~午後5時)