地場産業と深い関わり 京丹後・木島神社の“狛猫”

まちと文化

地場産業と深い関わり 京丹後・木島神社の“狛猫”

 神社の前に一対になって置かれている像と言えば? 答えは「狛犬」。ところが京丹後市峰山町泉にある金刀比羅(ことひら)神社境内の木島(きしま)神社にいるのは一対の「猫」だ。おそらく全国でもここだけという「狛猫(こまねこ)」が鎮座しており、この猫に会うために全国各地から参拝者が訪れるという。なぜ、犬ではなく猫がいるのだろう…。そこには丹後地域の地場産業である「織物」との深い関わりがあった。

猫は蚕の守り神

猫は蚕の守り神
木島神社前に鎮座する狛猫。阿形(左)は子猫を抱いている

 丹後では古くから絹織物が盛んだったが、17世紀後半になると、糸の段階で精練し、先染めしてから織り上げる西陣の「お召しちりめん」に押され、丹後の織物は売れなくなった。
 そこで、丹後ちりめんの始祖と言われる絹屋佐平治はお召しちりめんに対抗すべく試行錯誤。ついには断食祈願までして、「丹後ちりめん」の製法を考案した。1720年のことだ。
 佐平治の考案した丹後ちりめんはお召しちりめんよりも厚手で、シボと呼ばれる表面の凹凸もはっきりしていた。佐平治はその技法を広く公開、峰山藩もこれを奨励したことから丹後は我が国有数の絹織物の産地として発展した。
 ちりめんに欠かせないのは絹糸。周辺の農家はその需要に応えようと、養蚕に力を入れたが、蚕や繭を食い荒らすネズミによって 大きな損害が出ることも少なくなかった。
 そこで登場するのがネズミの天敵である「猫」。蚕が飼われている部屋には猫がいて、ネズミを追いやったという。猫は農家や織物業者を守る大切な生き物だった。
 木島神社は1830年、山城の国の木嶋(このしま)神社から祭神の保食命(うけもちのみこと)を分祀したのが始まり。保食命は口から蚕を吐いたとされ、機織り・養蚕の神として信仰されている。このため地元の織物業者らの発案で、峰山に迎えられた。
 木島神社の前に狛猫が現れたのは、それから間もなくのこと。養蚕農家で蚕を守るために猫が飼われたように、神社にも蚕の神を守るために寄進されたのだろう。

作者は石工の長谷川松助

作者は石工の長谷川松助
長谷川松助作の平地地蔵

 ところが当時、寄進されたのは向かって左側の阿(あ)形1体だけだったようだ。それは、狛猫の台座を見れば分かる。阿形の台座には「奉献 江州外村氏 石工鱒留村長谷川松助 世話人 上河金七 吉田八郎助 小室利七 天保三戴九月」と刻まれており、右側の吽(うん)形の台座には「奉献 当所絲屋中 弘化参午青祀」とあるからだ。阿形の台座にある天保3年は1832年、吽形の台座の弘化3年は1846年。2体の狛猫が奉納された時期には14年もの開きがある。
 2体の狛猫が奉納された時期にずれがある理由は神社の記録にも残っていないという。
 阿形を作った石工の長谷川松助は丹後各地に様々な作品を残している。代表的なのは京丹後市大宮町上常吉にある高さ5メートルを超える平地地蔵で、金刀比羅神社の脇阪卓爾宮司は「慈愛に満ちた優しい表情の石像が多い」という。
 平地地蔵は1833年の建立で、松助は阿形の狛猫を作った直後に平地地蔵を制作しており、すぐに吽形の作成に取り掛かれなかったという推察もできる。脇阪宮司は「2体の狛猫の作風は似ているが、松助本人ではなく、弟子や後継者が作風を真似て作ったということもあり得る。そう考えると、当初は1体だけの奉納だったが、後年に狛犬にあやかり一対にしたため、奉納時期にずれが生じたということも想像できる」と話している。

「こまねこまつり」に2千人

「こまねこまつり」に2千人
多くの人でにぎわった第一回こまねこまつり

 ところで、狛猫はつい最近まで、地元の人でも存在を知っている人は少なかった。
 存在が知られるようになったのは、2011年の金刀比羅神社創建200年祭がきっかけ。記念祭を企画した金刀比羅神社奉賛会が狛猫を使ったイベントができないかと考え、地元住民らに相談。有志らは「ねこプロジェクト」(田中智子代表)を組織し、陶器製の猫数十体を制作。地元の子ども達に依頼してこれに色を塗り、木島神社の階段に置いた。これが注目を集め、地元に狛猫の存在が知られるようになった。
 その後もねこプロジェクトや金刀比羅神社、地元のプラザホテル吉翠苑、京丹後市観光公社が窓口となり、希望者に絵付け体験を実施しており、人気の観光コンテンツとなっている。絵付け体験は3日前までに予約が必要で、料金は税込み2800円から。
 これを契機に徐々に市内外からの参拝者が訪れるようになり、SNSなどで知名度は高まった。そこで、2016年、ねこプロジェクトは金刀比羅神社で毎月開催されている手づくり市のメンバーや丹後で保護猫の救済活動を行っているグループとともに実行委員会を発足。9月に初めての「こまねこまつり」を開催した。
 金刀比羅神社のある峰山の中心部を会場にし、空き店舗を活用したカフェや着物の展示などを企画。神社の境内では手づくり市も行われた。実行委員長の田中智子さんは「2千人以上の方に神社に来ていただいた。市街地は人であふれました」という。
 狛猫によるまちづくりはその後も続く。実行委員会は毎年「こまねこまつり」を開催、秋の恒例イベントとして定着した。
 今年のまつりは9月18~20日の3日間、開催する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、10月以降に状況を考慮しながら開催形態にも工夫し、イベントごとに日程を分けて開催するという。

こまねこまつりの最新情報

絵馬は猫の顔

絵馬は猫の顔
絵馬奉納場所にかけられている猫の顔をかたどった絵馬

 今はコロナ禍のため、以前と比べると少なくなったが、木島神社には多くの猫好きが訪れる。このため、ねこプロジェクトは猫の顔をかたどった絵馬を作成。初穂料700円で納めることができる。木島神社の横にある絵馬の奉納場所には、飼い猫の病気平癒などを願った絵馬が多く掛けれている。

狛猫みやげもいろいろ

狛猫みやげもいろいろ
御菓子司大道の「狛猫もなか」(上)とプラザホテル吉翠苑の「狛猫ばらずし」

 このほか、周辺の商店などでは狛猫にあやかった商品が販売されている。
 神社の門前にある御菓子司大道では狛猫の顔をモチーフにした「狛猫もなか」(税込み170円)を販売している。
 もなかは阿形と吽形が表裏に描かれており、本物の狛猫の顔そっくり。店主の大道美和さんは「知り合いのデザイナーに頼んで、そっくりに仕上げたもらった。中には恐いという人もいるが、よく見ると愛らしい顔ですよ」と笑う。「もなかが苦手な人でも食べてもらえるように工夫した」と言い、「食べやすいようにあんを柔らかく仕上げている」。
 また、神社にほど近いプラザホテル吉翠苑では郷土料理の「丹後ばらずし」を狛猫のイラストを描いた箱でパッケージングした「狛猫ばらずし」を発売している。
 丹後ばらずしはサバのそぼろを酢飯の上に敷き詰め、その上に錦糸卵やシイタケなどの具材をのせた料理で、古くから親しまれている。
 こまねこまつり実行委員長も務める女将の田中智子さんは「米には京丹後産コシヒカリを使うなど、地元にこだわった商品。狛猫やばらずしが丹後を知ってもらうきっかけになれば」と話している。1個850円で要予約。

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