福知山市と舞鶴市、宮津市、与謝野町をまたぐ大江山。丹後天橋立大江山国定公園の一部でもあり、雲海の名所として多くの人を魅了し続けるその山には、3つの鬼伝説が伝わる。中でも「酒呑童子」の伝説は江戸時代に歌舞伎や御伽草子の題材として扱われ、明治期から昭和初期には国語の教科書にも掲載されるなど、全国各地に残る鬼伝説の中でも古くから多くの人に親しまれてきた。福知山市大江町佛性寺にある「日本の鬼の交流博物館」では大江山の鬼伝説を始め、国内外の鬼にまつわる資料を展示し、人間と鬼との深いかかわりを伝えている。
京都・大江山に残る鬼伝説
まちと文化
時代とともに変わる「鬼」の概念
頭に角、大きな口からは牙がはえた恐ろしい表情で知られるように、鬼は悪の象徴として表現されることが多いが、善悪を超えた存在で人知の及ばない自然災害など人間に災いをもたらす存在であったり、時には農作物の恵みをもたらす神であったりと、時代によって鬼の概念は変化している。
地域に残る鬼伝説について「国と国との争いの敗者を『鬼』に見立て、その敗者が逃げ込んだ地域で鬼伝説が生まれた可能性もある」と話すのは、同博物館の佐藤秀樹館長。ちょうど大江山も丹波国と丹後国の境に位置しており、鬼伝説が生まれたと考えても不思議ではない。その大江山に残る3つの鬼伝説は次のようなものだ。
①日子坐王の鬼退治
大江山に残る鬼伝説のうち、最も古いのが「丹後風土記残缼(たんごふどきざんけつ)」(京都白川家に伝わっていた丹後風土記の一部を僧智海が筆写したものと伝える)に記された陸耳御笠(くがみみのみかさ)の伝説だ。
古墳時代、舞鶴市と福井県高浜町にまたがる青葉山の山中に陸耳御笠という土蜘蛛がおり、人民を苦しめていた。崇神天皇の弟だった日子坐王(ひこいますのきみ)は勅命を受けて土蜘蛛退治へと向かい、由良川筋での激しい戦いの末、土蜘蛛は大江山に逃げ込んだとされている。
②麻呂子親王の鬼退治
6世紀末ごろ、大江山に英胡(えいこ)、軽足(かるあし)、土熊(つちぐま)という鬼に率いられた悪鬼が集まり、庶民を苦しめていた。勅命を受けた麻呂子親王は七仏薬師の法を修め、兵を率いて鬼の征伐に向かう。
途中、商人が死んだ馬を土中に埋める様子を見た親王が「この征伐利あらば馬必ず蘇るべし」と祈ると、馬は地中でいなないて蘇った。親王はこの馬に乗って更に先へ進むと、今度は老翁が現れ、頭に明鏡を付けた白い犬を親王に献上する。
親王はこの犬を道案内として鬼の元へたどり着き、英胡と軽足を討ち取ったが、土熊を見失ってしまった。そこで犬が付けていた明鏡を使うと土熊の姿が映り、土熊の退治にも成功したという。
③酒呑童子伝説
平安時代、京の都は摂関貴族の繁栄の影で民衆の暮らしは厳しいものであった。大江山を棲家としていた酒呑童子は、そんな王権に背き、都から姫君たちをさらっていたという。
その酒呑童子を退治するよう勅命を受けた名将源頼光は、藤原保昌や家来の四天王(坂田公時、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光)らと山伏に扮して大江山を目指す。
道中、老翁から毒入りの酒を授かった頼光一行は川のほとりで血の付いた着物を洗う姫君から鬼の居場所を聞き、酒呑童子の屋敷へとたどりつく。
童子は頼光らを血の酒と人肉で手厚く歓迎するが、頼光らは老翁から授かった酒を童子と手下の鬼に飲ませて酔わせ、その隙に童子ら鬼を討ち果たすとともに、捕らえられていた姫君たちを救出した。
頼光らは酒呑童子の首を見せしめとして都に持ち帰ろうとしたが、丹波と山城の国境にある老の坂(現在の京都市西京区)で急に重くなって持ち上がらなくなり、その場で葬られたとされている。
国内外の鬼関連資料を展示
大江山に残る伝説にちなみ「鬼」をテーマにした日本の鬼の交流博物館では、3つの鬼伝説を紹介するとともに、鬼にかかわる資料や全国各地の鬼にまつわる伝統芸能、世界の鬼面など約600点を展示。屋外には全国各地の産地で焼いた瓦を使用した高さ5㍍、重さ10㌧にもなる巨大な「平成の大鬼」が設置され、訪れた人を迎える。
酒呑童子伝説を読みやすく 大江山絵詞を超訳
大江山の麓にある京都丹後鉄道大江駅構内の売店で働く鈴木海峰さんは、酒呑童子伝説を描いた「大江山絵詞(えことば)」を現代語訳した「超訳 大江山絵詞」を自費出版した。
大江山絵詞は南北朝時代に成立し、酒呑童子を描いた最古の作品とされる。東京都出身の鈴木さんは中学2年生の時に好きだった漫画に登場する酒呑童子に興味を持つようになり、國學院大學文学部では酒呑童子をテーマに卒業論文を書いたこともあるほど。鬼伝説が残る大江山にも何度も足を運んだ。
大学卒業後、一度は東京で就職した鈴木さんだったが、東京で行われていた京都移住フェアがきっかけで2018年7月、「地域おこし協力隊」として舞鶴市に移住。活動終了後も鬼伝説の研究を続けたいと今年3月、大江観光㈱(福知山市大江町河守)に就職し、売店や広報の担当として活躍している。
そんな鈴木さんは昨年1月から逸翁美術館(大阪府池田市)が所蔵する大江山絵詞の現代語訳に挑戦。これを更に分かりやすく、面白く読めるよう「超訳」し、挿絵を付けて一冊の本にまとめた。
酒呑童子伝説は御伽草子が有名だが、「本当の酒呑童子伝説は大江山絵詞が基になっている」と話す鈴木さん。「酒呑童子の話を聞いたことはあっても、実際に作品を呼んだ人は少ない。本を通して面白い作品であることを多くの人に知ってほしい」と呼びかけている。「超訳 大江山絵詞」は文庫サイズ93ページ。税込み1500円で、大江駅内の売店と雲原大江山鬼そば屋(福知山市雲原)で販売している。
鬼関連商品や飲食メニューも
鬼伝説が残る町としてPRに努める大江町では、「鬼そば」など鬼にちなんだ飲食メニューや土産品が豊富。鈴木さんが勤める大江駅構内の売店では鬼にちなんだ雑貨や日本酒、菓子などの加工品を販売する。
また、日本の鬼の交流博物館に隣接する宿泊施設「大江山グリーンロッジ」では甘辛く味付けした豚肉や煮玉子を挟んだ「鬼喰うバーガー」(税込み500円)を販売。「お肉」と「鬼喰う」をかけた商品名が特徴で、テイクアウト商品として販売を始めたところ観光客らの人気を集めているという。