旬の食材でおもてなし 綾部の「オーベルジュ㐂久屋」

山と生きる

旬の食材でおもてなし 綾部の「オーベルジュ㐂久屋」

 のどかな田園風景が広がる綾部市十倉中町に、京都の花街・宮川町で天ぷら割烹の店を営んでいた駒井靖さんがペットと一緒に泊まれる「オーベルジュ㐂久屋(きくや)」を開業した。コロナ禍を乗り越え、綾部で新しい人生を歩み始めた駒井さんは、京都府北部の旬の食材を使った京懐石で宿泊客をもてなすほか、地元温泉施設の新メニュー開発に携わるなど、地域に人を呼び込む仕掛けづくりに積極的に取り組んでいる。

京都・宮川町で天ぷら割烹店を経営

京都・宮川町で天ぷら割烹店を経営
鴨川沿いに開業した㐂久屋の1号店(写真上)と伏見にあった料理旅館

 㐂久屋の歴史は古く、およそ100年前に大阪の和洋食レストラン「㐂久屋食堂」で修業した駒井さんの祖父が、京都・木屋町に天ぷら専門店を開業したのが始まり。1940年代には伏見で料理旅館を営み、戦後の復興とともににぎわいをみせたという。その後、店を継いだ祖父の長男(駒井さんの伯父)は60年代に木屋町で割烹店を開業。この店も繁盛したが、駒井さんが大学を卒業する頃、伯父が病に倒れ、店を閉めることになった。

 その頃、駒井さんは東京で会社勤めをしていたが、「店を継いでほしい」という伯父の頼みもあり、33歳で京都へUターン。伯父に料理を教わったり、東京の有名手打ちそば店で修業したあと、父の実家だった宮川町のお茶屋「駒屋」の一角を借りて飲食店を開業。今から20年ほど前に、宮川町の芸妓(げいぎ)さんやその客らに使ってもらえる天ぷら割烹の店「㐂久屋」を開いた。

 伯父は㐂久屋の開業を見届けるかのように他界。精神的な支柱を失った駒井さんは「最初の2年間は本当に苦労した。あれ以上に辛い思いをすることはないだろう」と振り返る。

コロナ禍転機に綾部へ移住

コロナ禍転機に綾部へ移住
オーベルジュ㐂久屋を開業した駒井さん

 それから年月が過ぎ、60歳に近づいた駒井さんは、店をいつまで続けるのかを考えるようになった。そんな時に新型コロナウイルスの感染が拡大。度重なる緊急事態宣言で店の予約帳は真っ白となり、精神的に追い詰められた駒井さんは、店を閉めて田舎暮らしを始めることを決意。縁あって綾部市で空き家を探し、十倉中町にあった築100年以上とされる古民家に出合った。

 この場所を選んだ理由の一つは、都会からのアクセスのしやすさ。京都縦貫自動車道の京丹波わちインターチェンジを下りてまっすぐ綾部方面へ向かい、同市鷹栖町の信号を右折し、府道小浜綾部線を直進すればたどり着くからだ。

 もう一つは景色。綾部市と福井県小浜市を結ぶ府道小浜綾部線は上林川沿いを走るルートが長く続き、川と田んぼという田舎ならではの景色が延々と続く。古民家の上にある竹藪から見渡した、山と川、田んぼが広がる光景も駒井さんを魅了したのだという。

 加えて、綾部で料理店を構えようとしていた駒井さんにとって食材に恵まれた地域だったことも決め手の一つになった。府北部は舞鶴の新鮮な魚介、綾部の米、京丹波の野菜など、食材が豊かな場所。「以前は決められた献立に合わせて食材を仕入れていたので、品質が悪くても同じ料理を出さざるを得なかったが、今は食材を見てから献立を考えられる」と駒井さんは語る。

犬と飼い主が気持ちよく過ごせる宿

犬と飼い主が気持ちよく過ごせる宿
落ち着いた雰囲気のリビング

 綾部での出店を考えていた駒井さんは、料理店か宿泊施設か業態を悩んでいた。そんな中で綾部に移住。一緒に暮らす愛犬に手作りのご飯を食べさせていると、「どこへ行くにも犬を連れていける場所を探していた経験から、犬を飼っている人が連れて行きたいと思える場所、犬も飼い主もストレスなく気持ちよく過ごしてもらえる宿にしよう」とオーベルジュを開業することにし、2023年6月から飲食店、12月から宿の営業を始めた。

サウナにドッグランも

サウナにドッグランも
広々としたドッグランでは愛犬をのびのびと遊ばせることができる

 古民家を大規模改修した店は、1日1組限定のオーベルジュ。1階はリビングと夕食が楽しめるカウンター席、フィンランド式ロウリュサウナなどがあり、2階は落ち着いた雰囲気の寝室がある。店の近くには200㎡ほどの広々としたドッグランがあるのも魅力の一つという。

地元食材の京懐石を提供。月1回は「名前のないカレー屋」がオープン

地元食材の京懐石を提供。月1回は「名前のないカレー屋」がオープン
旬の食材で作る料理(写真上2枚)と月1回の企画で提供しているカレー

 宿泊客の夕食は米や野菜、魚介や牛肉など地元の食材を使った季節の京懐石や天ぷらのコース料理を提供する。宿泊予約がない時は、予約制でランチ営業(1人3500円)も行い、京丹波町産のそばを石臼でひいた十割そばや天ぷら、季節の料理が味わえる。

 「無類のカレー好き」という駒井さんは月に1回、第3日曜だけ「名前のないカレー屋」をオープン。40種類ほどのスパイスの中から10種類程度を使って作るカレーが楽しめる企画で、毎回違った2種類のカレーを提供するため、リピーターも多いという。

地域活性化の取り組みに参画

 綾部に移住して1年半。「この場所は静かで星がきれい。犬とゆっくりと過ごすことができ、なんのストレスもなく充実した日々を過ごしている」と駒井さん。「いい意味でおせっかいな人が多く、すごく良くしてくれる」と近所づきあいの良さを実感するとともに、地域の移住者との交流も深めている。

 そんな駒井さんは料理人としての経験を生かし、地域活性化の取り組みにも参画している。その一つが、綾部市睦寄町で「あやべ温泉」を経営する㈱緑土の特産品開発で、同社から依頼を受け、地元の米粉や鶏肉などを使ったハンバーガーのレシピを考案。近く「あやべバーガー」(仮称)として販売される予定という。駒井さんは「綾部にいる人だからこそ考えつくこと、いなかった人だからこそ考えつくことがある。相乗効果で地域を盛り上げ、雇用を生み、若い人が綾部で子育てができるように応援できれば」と願っている。

オーベルジュ㐂久屋のホームページ

オーベルジュ㐂久屋のホームページ

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