海の京都エリアの北端に位置する丹後地域には、300年の歴史を持つ織物「丹後ちりめん」を始め、機械金属や食などの多様なものづくりがある。こういったものづくりの現場が公開されるイベント「丹後オープンファクトリーNeoTAN(ネオタン)」が10月3~5日の3日間、京丹後市と与謝野町で初開催された。期間中、個性ある28事業者のもとを延べ約1500人が訪れ、丹後で生まれた伝統や技術を体感して地域の魅力に触れた。
多様なものづくりを体感 「丹後オープンファクトリー」
まちと文化
大阪・関西万博が契機
ものづくりの現場に見学や体験を受け入れる「オープンファクトリー」。以前は工場などが単独で行うケースが多かった。だが、近年は地域のものづくり事業者が集まり、ものづくりを通して地域の魅力を表現する「地域一体型オープンファクトリー」が全国で広がっている。
ネオタンも、その一つだ。契機は大阪・関西万博。主催の実行委員会は、行政や経済産業団体、金融機関、そして地元のものづくり事業者により2025年4月に設立された。
長い年月が紡ぐ、織物や機械金属
丹後の代表的なものづくりは織物と機械金属だ。
絹織物は1300年前の奈良時代から丹後で作られていたと考えられる。江戸時代になると、地域の代表的な織物である「丹後ちりめん」が誕生。着物の生地として普及したことで丹後は国内最大の絹織物産地へと成長するとともに、絹や丹後ちりめん以外の織物も織られるようになっていった。
機械金属は、戦時中に大阪から京丹後市に工場疎開した計算機メーカーの存在が大きい。ここから独立した社員が立ち上げた企業がミシン部品を皮切りに自動車部品や工作機械にものづくりの幅を広げながら成長したことで、丹後に機械金属業が集積していった。
ただ、計算機メーカーが来る前からも、丹後で機械金属業は盛んだった。織機の修理で需要があったからだ。原点をたどると、1300年前から織られる織物へとつながる。また、京丹後市弥栄町木橋には古代の製鉄工房跡「遠處(えんじょ)遺跡」がある。丹後のものづくりは、とてつもなく長い年月で紡がれてきた。
ネオタンでは、歴史や伝統をベースに進化する丹後のものづくりが披露された。
日本最古の織物「藤布」
縄文時代が起源とされ、日本最古の織物と考えられる「藤布(ふじふ)」を作る遊絲舎(ゆうししゃ、京丹後市網野町下岡)では、代表の小石原将夫さんが製法や活用法を解説した。
藤布は、フジのつるを糸に加工して織ったものだ。かつては消滅した「幻の布」とされていたものの、1962年に行われた民俗資料調査により丹後の山奥で作り続けられていることが判明。その後、保存会が設立されるなど、丹後で伝統技術が守られている。
小石原さんは100年以上にわたり絹織物を織ってきた機屋(はたや)の4代目。藤布に関心を持ち、産地の宮津市上世屋に残る製法を学び、自ら作るようになった。
小石原さんは藤布の歴史や自身が藤布を織るようになった経緯を話し、「何年も掛かってできるようになった」と技術を身に着けるまでの苦労を語った。また、動画を流しながら製造工程を解説した上で「絹織物と融合して、帯を作っている」と和装への活用を紹介した。
ポリエステルで世界的に珍しい織物
「ポリエステルの糸で、ここまで手間を掛ける織物は世界的にも珍しい」。丹菱(与謝野町岩滝)では、織物工場に併設したカフェで社長の糸井宏輔さんが自社で織るポリエステル製の丹後ちりめんを語った。強くて扱いやすいポリエステルだが、「シボ」(生地表面の凹凸)がある丹後ちりめんとして仕上げるには絹糸よりも工程が増えるという。
ポリエステル製の丹後ちりめんは洋服の生地に適している。近年、丹菱は自社製の生地を使ったアパレルブランドを立ち上げるとともに、織物工場内にショップ兼カフェを構えた。また、今夏にはカフェでビアガーデンの営業を始めた。糸井さんは、こうした新たな事業展開にも触れ、「喜んでもらうことをしながら、いろいろなことをやっていきたい」と展望を語った。
糸井さんはその後、織物工場で織機を使った作業などを実演。大学院で織物を学んでいて、丹後の織物に関心があり参加したという女子学生は「糸から製品になるまでの工程を見ることができ、分かりやすかった」と感想を話した。
西陣織の製造と展示
展示施設「西陣織あさぎ美術館丹後館」を併設し、西陣織を製造する丹後クリエイティブセンター(京丹後市網野町網野)は、絵画のような精緻(せいち)な織物に使用する織機「1800口織ジャガード機」などの説明を行った。
「西陣織あさぎ美術館丹後館」では、特殊な糸によって光る織物などがあり、参加者を驚かせた。
丹後ちりめんにシボ
丹後織物工業組合(京丹後市大宮町河辺)では、丹後ちりめんのシボを生み出す「精練」の工程を公開するとともに、丹後ちりめんの歴史などを紹介した。
「縁」で広がる金属製品
一方、機械金属の分野では、ヒロセ工業(京丹後市大宮町)が「奇麗な工場で奇麗なものづくり」を心掛けて業績を向上させた取り組みや「縁」で広がるものづくりを紹介した。
まずは工場敷地内にある開発展示棟「EN LABO」で自社の歴史などを説明した。かつては油まみれで汚れた工場だったが、6S活動(整理・整頓・清掃・清潔・精度・しつけ)を通して奇麗な工場になり、高精度で付加価値のある「奇麗なものづくり」を実現したという。
それによって生まれたのが異業種との「縁」で、デザイナーなどとの連携により金属製の印章や遺灰ケース、高級チェスセットなどの製品化につながった。「EN LABO」には、こうした製品が展示されている。参加者は興味深そうに見入っていた。
それから、高精度な切削加工を実現する「リニア駆動5軸加工機」を備えた工場とともに、AIとロボットが自動で作業を行う新工場を公開。参加者は最先端のものづくりに驚きの表情を見せた。
酒造や農業、家具工房でも受け入れ、交流パーティーも
織物と機械金属以外でも、酒造や農業、家具工房などが参加者を受け入れた。
また、イベント2日目の10月4日夜には丹菱のカフェで交流パーティー「MazeTAN(マゼタン)」を開催。ものづくり事業者やイベント参加者がより深く関われる場を設けた。
継続的な開催を計画
3日間にわたるネオタンの参加者は延べ1447人。万博に行ったついでに、東京から参加したという人もいた。
最終日、丹後織物工業組合の「TANGO OPEN CENTER」であいさつした京丹後市の中山泰市長は「BtoB(企業間取引)からBtoC(一般消費者向き)に事業を広げるきっかけになる」とネオタンの意義を語り、与謝野町の山添藤真町長は「規模を拡大して来年度以降も展開していただきたい」と呼び掛けた。
実行委員会は継続的な開催を計画している。ものづくりが、丹後の新たな観光資源へとなりつつある。

