豊かな農と食を次世代につなぐ 86farmの挑戦 〜幸をつくる人々vol.3〜

山と生きる

豊かな農と食を次世代につなぐ 86farmの挑戦 〜幸をつくる人々vol.3〜

2018年、京都府福知山市で新規就農した夫婦がいる。
「86farm(ハチロクファーム)」の岩切啓太郎さんと康子さん夫妻だ。啓太郎さんが主に野菜づくりを担当し、康子さんは「まころパン」という名前のパンづくりに取り組む。

2人が大切にしていることが農と食を次世代につなぐこと。
どう考え、未来を見据えてどんなことにチャレンジしているのか。
86farmの挑戦を紹介したい。

86farmとまころパン

啓太郎さんと康子さんの出会いは、2人が参加した地球一周の船旅「ピースボート」だった。

福知山出身の啓太郎さんは、農業高校、農業大学校と進学し、地元で有機農業を行う農業法人で働いていた。

農業法人で有機農業に携わる中で、化学物質過敏症で農薬や化学肥料を使った野菜が食べられない方がいるということを知り、つくり手が見える安心安全な食卓を囲める世の中にしたいという気持ちが芽生えた。
また、地元に活用されていない農地が増える様子も目の当たりにし、生まれ育った地域の農業を盛り上げたいとの思いも重なり、農業での独立を志すようになった。

そんな時、経営者として人間的に大きくなりたいとの思いもあり、思い切って参加したのがピースボートの船旅であった。

一方、康子さんは神奈川県海老名市で育った。

「食」を仕事にすることを決めたのは、学生時代のレストランでのアルバイトがきっかけ。目の前でオムライスを調理して提供した時、お客さんが一瞬で満面の笑みになったのを見て、食の世界で生きていくと決心したそうだ。

ピースボートに参加したのは、もともと旅が好きで国内外問わずさまざまな旅を楽しんでいたことから。偶然にも啓太郎さんと同じ年に参加し、そこで2人は出会った。

その船旅は第86回目のピースボートクルーズだった。そう、86farmの名前の由来はここからだ。他にも86farmという名前にはさまざまな意味が込められている。

8には「継ぎ目のない循環」という意味や、横にすると∞(無限)になることから、「つながり」、「可能性」、そして「未来が無限に広がる」という意味が込められている。

そして、6には文字の形のイメージから「アンテナ」の意味を込める。農業をとおしてさまざまなことを発信していきたいという思いや、6次産業化によって、生産だけでなく、加工することやお客様とのつながりを増やしていきたいという思いも込められている。

86farmでは、農薬や肥料を使用せず、微生物の力を活かした農業に取り組んでいる。

固定種(※)や在来種を中心に選び、作物の命を次世代につなぐ農業を行っており、年間で150種類程の野菜と3種類の小麦を啓太郎さんが1人で栽培している。

86farmの野菜はとてもカラフルで、見ているだけでも楽しい。その裏側には、ただ野菜に触れるだけでなく、五感で野菜を感じて欲しいという啓太郎さんの思いも隠されている。

※何代も種を採り育てていくうちにその野菜の個性が定着していった品種のこと。

そして、妻の康子さんが担当をするのが、「まころパン」という名前の手づくりパンだ。

自家栽培した小麦や野菜に加え、康子さんがこだわりをもって選んだ、全国の生産者の顔が見える素材を多く使い、まごころを込めて作るパンには、作り手、食べた人、素材の生産者それぞれの「真心」を結ぶパンになっている。
康子さんが作るかわいい動物パンは子どもたちにも大人気だ。

農と食を次世代につなぐため、体験を届ける

就農して4年目となる今年、農と食を次世代につなぐという目標を実現するために、新たなチャレンジとして体験施設を作った。

農と食を次世代につなぐとはどういうことなのか。

「農と食は生きるために必要なだけでなく、人の健康や自然環境など、さまざまなものと密接に関係しているからこそ、安心・安全で環境にやさしい形で未来に残していかなければならない」

2人は未来を見据えて語ってくれた。
そして、なぜ体験を重視して取り組むのかその理由を聞いてみた。

「多くの人にとって、身近なようで身近ではない農と食に触れられる場所を作ることで、多くの人にその大切さを伝えていきたい。買い物するだけではわかならいような、食材を生産する人や生産方法などについて知ってもらいたい」

「体験をとおして農と食のことを学ぶことは、暮らしや産業、環境、地域のことなどいろいろなことをより深く理解するきっかけになると思う。そうした気づきが皆さんの暮らしをより豊かにすると考えている」

康子さん自身、東京で働いていた頃にある管理栄養士との出会いがきっかけで新潟県の南魚沼に田植え・稲刈り体験に参加していたそうだ。その中で、地元の人たちとの触れ合いや一緒に食べるごはんに感動し、体験することの楽しさに気づいた。

体験してその地域の人に触れることで、より印象深く思い出に残る。
そんな自身の経験から体験の可能性を追求している。

「未来を担う子どもたちに、農作物やパンを作る楽しさ、作る喜びを伝えていきたい」
「学生の方々に体験をしてもらうことで、職業の選択肢としての農と食を伝えていきたい」

2人が体験にかける情熱には、次世代につなぐという揺るがない強い思いが隠されている。

これまでにもさまざまな食体験を行ってきた2人に、特に印象に残っていることを聞いてみた。

「野菜パンづくりの体験で、野菜が苦手な子どもが野菜をモリモリ食べる姿と、その子どもの姿を見て喜ぶ親御さんの姿が印象に残っていますね」

体験の可能性を感じさせられるエピソードだ。

ちなみに筆者の2歳になる娘も、先日86farmさんで野菜パンづくりを体験させてもらった。わずか2歳の子どもでも、しっかりとパンを捏ね、パンづくりを体験することができた。
それからしばらく経っているのだが、その時の写真を見る度に「パンづくりまたしたいね」と言っている。

農と食に触れる体験に、早すぎることはないのかもしれない。

86farmにて開催中の体験はこちら

物を売り、事を売り、そして時を売る

最後に86farmが見据える未来の姿について聞いてみた。

「就農してからのこの4年間は、思いを込めて野菜やパンを作り、食べ物という「物」を売っていた」

「次のステップとして、体験等の「事を売る」ことに取り組んでいきたい。そして、体験をとおして、農と食の大切さをたくさんの方に届け、次世代につないでいきたい」

そして、さらに「事を売る」の次に見据える「時を売る」という姿についても教えてくれた。

「時を売るとは、作物を作るプロセスを売るということ。小麦を種まきから一緒に栽培してパンづくりしたり、野菜を種まきから行って収穫をして食べたり。そうしてプロセスを共有する。それが農業者が増えることにつながると良いですね」

86farmでは、今年から農業研修生を募集し、農業を志す人を育成していくことにも取り組む予定だ。

「福知山では、オーガニックでの農業に取り組む人はまだ多くない。今後、研修性のための環境も整えて、近隣にそんな農業者を増やしたい」

「そして、地域内でオーガニックの農家仲間が増え、仲間と出荷等の連携も行って、一緒に地域力をあげていきたい」

近い未来、体験をとおして86farmにたくさんの人が集い、農家仲間が増え、地域がさらに賑わっていく姿が2人の話から想像できた。

新たなチャレンジを続ける86farmの今後が非常に楽しみだ。

86farmのお野菜で作る、ドレッシングづくり&ランチの会@オンライン tangobar × 86farm 野菜モリモリランチの会

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